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ストーリー
日本最古の歴史書「古事記」の出雲神話や「出雲国風土記」に神々が集まって酒宴を開いている様子が記されていることから、日本酒発祥の地といわれる島根県。そんな悠久の時を経て、明治15年に松江市にて創業した李白酒造。出雲神話に出てくる酒づくりの伝統を受け継ぎながらも、経営理念である「酒文化を普及し正しく後世に継承する」のもと、早くから海外輸出に取り組むなど、地方の蔵元ながら先進的な活動で注目を集める酒造メーカーである。酒本来の味の追求はもちろんのこと、食の多様化にも対応するバランスの良い食中酒を目指したこだわりの酒づくりを行っている。伝統を重んじながらも、時代のニーズに合わせて進化を続ける同社の代表取締役社長の田中裕一郎氏に、その想いと今後の展望をうかがった。
サステナブルな経営を目指し、旧来の慣習を改革した若き蔵元の想い
李白酒造の5代目蔵元である田中氏は、早くから日本酒や酒づくりに興味を持ちながら先代社長である父親の仕事をする背中を見てきたという。しかし、田中氏が当初目指していたのは経営者である蔵元ではなく、酒づくりの職人である杜氏だったという。
「中学生の頃から父親の仕事や酒蔵の仕事に興味を持ち、かっこいい仕事だなと思っていました。ただ、社長業ではなく、職人である杜氏に憧れていたのです。父親からは『蔵元が技術者になる必要はない。』と言われて反発もしましたが、東京農業大学への進学を許され醸造学を学ぶことになりました。大学で4年間学び、卒業後には酒類学研究室で酵母の研究に携わらせてもらいました。その後は都内にある地酒専門の酒販店で働いていたのですが、同業者にしても取引先にしても『お父さんにお世話になっています。』という人にたくさん出会う機会があり、徐々に意識が変わり始めました。杜氏や酒づくりの技術者は望めば誰もが目指すことができますが、李白酒造の社長は外部の人が簡単に入り込めるものではありません。だとしたら、自分の人生において他の人ができないことは蔵元なのではないか。そう考えて実家の跡を継ぐことにしたのです。」

蔵元になるというあらたな目標に向けて歩み始めた田中氏は、自社をはじめ酒造業界が抱える課題の解決に取り組み出す。そのひとつが杜氏制度の廃止だった。特に地方の酒蔵では、米を栽培する農業従事者が冬場の出稼ぎ業として蔵人や杜氏として酒づくりを行う伝統が残っているが、蔵人や杜氏の高齢化の問題もあり、会社が酒づくりの技術を保有しなければ未来がない。そこで、杜氏の経験や技術に頼ることのない、社員だけの酒づくりに取り組んだという。
「私が実家に戻るタイミングで若い社員が数名入社することになったのですが、彼らに今までの長年の経験と勘に頼る酒づくりをやらせたくはなかった。そこで、分室として自分のチームをつくり、酒づくり未経験の彼らと活動を始めました。当時から酒造業界の問題点は、製造技術の継承と販売ルートの確保だと考えていましたので、会社や社員の未来のためにも変革が必要でした。」

早くから海外輸出に取り組んだ結果、現在は15の国と地域に「李白」を供給
李白酒造の酒づくりのこだわりのひとつが、すべての商品に酒造好適米を使用していることが挙げられる。さらに使用している米は、農産物検査法に基づく検査に合格し、生産者、流通経路を把握できている玄米のみを購入。それによりトレーサビリティを確保するとともに、旨味があってキレの良い酒づくりが可能になっているという。
「酒造好適米は1粒1粒が大きく、食べておいしいお米ではないんです。日本人は、もちもちとして味わいのあるお米を好む傾向にあると思いますが、味がしっかりしていると、お酒にした時にそれが雑味になってしまいます。だからこそ酒づくりに向いているわけですが、粒が大きいために育てるのが難しく、農家にとって非常に条件が悪いため、価格が高いのです。この酒造好適米を使うことは、たとえ利益が減少したとしても自分たちが目指すおいしい酒づくりに欠かすことのできない部分だと自負しています。」

このこだわりが、『李白』のブランド化につながっていることも事実。同社では1980年代から精力的に海外輸出に取り組んでおり、現在15の国と地域と取引が行われている。平均すると生産量の約40%が輸出に向けられているのだとか。数年前から海外で日本酒ブームが起きているが、それに先駆けて『李白』が海外で高い評価を受けた理由は、さまざまな料理にマッチする良質な食中酒として捉えられていることが大きいと田中氏は分析する。
「アメリカの取引先の人たちは『ワインとグリーンベジタブルは合わないものが多いけれど、日本酒は合う。』とセールスしているようです。実は先日、カナダ人の友人から聞いたのですが、その人が彼女とレストランで食事をした時に、それぞれ魚と肉を注文したため赤ワインを選ぶか白ワインを選ぶかで困ったそうなんです。しかし、日本酒ならば魚にも肉にも合うから1本で済む。日本人からすると肉と魚で酒を変えるというのは目から鱗のような話ですが、今後は日本人も気づいていない日本酒のセールス方法が、たくさん出てくるのではないかと思います。」

今後も海外のマーケットを意識した展開を行っていく予定ではあるが、無理に取引先を広げるつもりはなく、同社の経営理念である「酒文化を普及し正しく後世に継承する」を判断基準に取引先選びを行っていくと田中氏は言う。
「蔵の生産量の問題もありますので、まずは既存の取引先への供給を第一に考える必要はありますが、日本酒に対する想いのある人、この人と一緒に仕事をしたいという人に出会えたらなら新規の取引を考えようと思っています。」
田中氏の言葉にあるように、利益の追求よりも日本酒を大切にする想いが同社の根底にある。その真摯な態度が良質な酒づくりにも反映されているのである。
あらたな日本酒市場の創出に向けて付加価値の高いパウチの日本酒で挑戦
李白酒造では、酒文化の普及にあたり料理とのペアリングを考え、日本最大の料理レシピサービス「COOKPAD」に、酒粕を用いた数多くのレシピを紹介しているほか、酒粕ペーストの販売も行っている。食中酒として高いポテンシャルを持つ『李白』のブランディングの一環ではあるが、そこには蔵元である田中氏の日本酒に対する想いも込められている。
「酒は主役ではなく、名脇役のような存在でよいと考えているんです。料理が進み、会話も弾み、気づいたらたくさん飲んでいたというような、人と人のコミュニケーションを円滑にするような酒づくりを目指しています。」

また、今年の3月には、さまざまなシーンで日本酒を楽しんでもらいたいという思いから、パウチを容器とする小容量の商品『李白パウチ』を発売。商品の内訳は、同社の主力商品である特別純米酒、特別純米酒の辛口『やまたのおろち』、海外でも人気の高い『純米吟醸 WANDERING POET』の3種類を、180ml、300mlのパウチで販売するものだ。また、ガラス瓶ではなくパウチを利用することで、環境面への負荷低減を実現する商品だという。
「瓶はリサイクル性が良いと思われがちですが、弊社の場合でも自主回収できているのはほんのわずかです。また、小容量の瓶は洗浄して繰り返し使用するリターナル瓶ではありませんから、一度ガラスの粉にして再形成するケースがほとんどです。さらに、瓶は輸送時に広い面積を必要としますが、パウチは少ない面積で済みますのでCO2排出量もコストも削減できます。品質面で言っても、パウチは内部の酸素が抜けるので瓶よりも良い保存状態をキープできます。加熱殺菌する際にも瓶より熱伝導率が高いため短時間で済みます。なので、メリットの方が大きいんですよ。流通も含め、革命的な容器ではないかと思っています。」

ガラス瓶と違ってパウチであればバッグに詰め込んでも割れることがない。屋内だけではなく、アウトドアシーンなど場所を選ばずに日本酒を楽しむことができる商品であると田中氏は自信をのぞかせる。なお、パウチというとゼリー飲料のように直飲みのイメージがあるかもしれないが、グラスやお猪口に移し替えてスマートに飲んでほしいとのこと。また、80度までであればパウチごとお湯に浸けて燗酒を楽しむこともできるそうなので、寒い時期のアウトドアシーンでの用途も考えられる。田中氏は、この『李白パウチ』によって、日本酒のあらたな市場開拓と顧客の創出を目指しているという。
「日本国内における地酒の販売は、地酒専門店に頼っているという現実があります。そのため飲食店のかたや日本酒マニア以外のかたがたとの出会いが少ないんです。ブランドイメージを落とさずに、その状況を打破することもひとつの課題だと感じていました。それに向けた商品が今回発売する『李白パウチ』だと思っています。新しいお客さんと出会うため、まだ日本酒と出会っていない人たち、地酒を求める人たちに商品を届けるためには、既存の流通以外の方法も考えなければいけない。まずは『李白パウチ』をきっかけに、何とか新しい風を吹かせたい。それが、これからの目標になっていくと思っています。」
ハイボール人気によってウイスキーの需要が拡大したように、日本酒に馴染みのない人とのマッチングが実現すれば、昨今の日本酒需要低迷の状況が大きく変わることも考えられる。業界にあらたな風を吹き込む新商品『李白パウチ』で日本酒業界の課題解決に挑む同社に、ぜひ期待したい。
