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ストーリー
1875年、静岡県浜松市の北部に位置する小松地区にて創業した明治屋醤油株式会社。1883年より明治屋醤油店として本格的に醤油の販売を開始した同社は、代々受け継がれてきた製法、昭和の時代から使用されている機械を用いて、昔ながらの味を大切にした醤油をつくり続けている。また、戦後からはソースの製造、近年では味噌などの製造にも取り組んでいるが、たとえつくる商品が違っても変わることがないのは、ものづくりへのこだわりとお客さまへの感謝の気持ちだという。約150年におよぶ歴史と伝統を継承し、次の世代へとバトンを渡すべく尽力している同社の6代目であり取締役の野末将平氏に、その想いや描いている未来についてうかがった。
自社の醤油を愛してくれるお客さまとの交流が、家業を承継する覚悟を生んだ
古くから大豆や小麦の栽培が行われていたこともあり、かつては醤油づくりが盛んだった静岡県浜松市の小松地区にて、約150年に亘り天然醸造にこだわった醤油を醸し続けている明治屋醤油株式会社。古き良き日本の面影を残した同社の店舗兼主屋、醸造所、離れの3軒は、2016年に国の登録有形文化財に指定されている。
そんな歴史ある醤油醸造所の創業家の長男として野末氏は誕生したが、もともと家業を承継する意志はなかったという。野末氏は東京の大学を卒業後、地元には戻らず大手ファミリーレストラン・チェーンに就職。飲食業の道を歩み出していた。
「実は、大学に進学する際、両親に『もう商売を辞めて欲しい。』と伝えていたんですよ。家業を継ぐ気はなかったので、私が継がなかったことで会社が潰れたと言われることが嫌だったんです。大学時代から飲食店でアルバイトをしていたので、その道を進もうと就職したのですが、どうにも会社勤めが性格に合わず、2年で退職して実家に戻ったんです。ただ、その時点でも家業を継ぐつもりはありませんでした。ところが、父親から『家でぶらぶらしてるぐらいなら、明日から工場で働け。』と言われ、そこから私の醤油屋人生が始まりました。」

家業を承継するつもりがないまま工場で働き出した野末氏だったが、商品を求めて直売所を訪れるお客さまとの交流から意識が変わっていったという。
「うちの商品はスーパーマーケットなどに卸しているわけではないので、醤油を買いたい人は直売所まで足を運んでくださるんですよ。私がレジを担当していると『継いでくれたんだね。』とか『戻って来てくれたんだね。』と言ってくださるお客さまが多くて。そんなある日、ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若いお母さんが来店されたんです。おそらく、うちの醤油を使ってくれている家で育ったのだと思うのですが、こんな若い世代にも買ってもらえるようになったんだと、その姿が今でも強く印象に残っています。そこからですね、意識が変わったのは。わざわざ足を運んで買いに来てくれるお客さまがいる以上、自分が会社を継いで、この味をしっかり守っていかなければいけないと決意しました。」
そして現在、野末氏は6代目として伝統の製法を守りながらも、新商品の開発や商品アイテムに変更を加えるなど、時代性を意識した商品づくりを展開している。

「安心、安全」な醤油づくりにこだわり、原材料を自家栽培
伝統製法を守り続ける同社の醤油づくりにおける大きな特徴は、醤油のもととなる「もろみ」を自社で仕込み、その「もろみ」を1年半もしくは3年間熟成させる「天然醸造」にこだわっている点にある。
「今、静岡県内に醤油醸造所が20数社あるうち、自社で『もろみ』をつくっているのは7〜8社ほどしかありません。手間もかかりますし、廃棄物も出るので、なかなか大変なのですが、弊社では代々、醤油づくりにおいて、自分たちの手で『もろみ』をつくることをとても大切に考えています。また、『天然醸造』とは自然の力を借り、1年以上の時間をかけて『もろみ』を熟成させる方法なのですが、機械に頼るのではなく、この方法を用いることが素材の持つ旨味や香りを最大限に引き出してくれると信じています。」

また、同社のこだわりは原材料にもおよぶ。同社では60年ほど前まで原材料の大豆や小麦を栽培していたが、野末氏の祖父で農学校を卒業した経験をもつ4代目の野末政成氏が、原材料と醤油の生産者が見える安心、安全な醤油づくりを目指して平成5(1993)年に「政成自然農園」を立ち上げ、原材料の栽培を再開した。また、同年には、工場に隣接した直売所を開設。主流である卸売だけではなく、店舗販売にも注力するようになったのである。
「農園を再開した理由にはいくつかの要因が重なっているのですが、理由のひとつには、祖父が自分たちのつくる醤油を、地酒ならぬ地醤油と銘打つことで独自性を打ち出したかったのかなと思います。そのためには無農薬・無化学肥料栽培で原材料も自分たちでつくると。また、後継者不足から近隣の農家さんたちが廃業を考え始めたこともあり、『代わりにつくってほしい。』という声もあったと聞いています。現在は、10年ほど前に大学の農学部を卒業した私の弟が入社したのを機に耕作地を増やし、大豆と小麦の安定確保に努めています。」
この農園で自家栽培された原材料を使い、3年間熟成させて仕上げた商品である「蔵出し醤油」は、同社の人気商品となっている。

「業」と「心」を重視する企業理念のもと多彩な商品を開発
同社の主力商品は、創業以来変わらぬ製法でつくり続けられている醤油だが、戦後に開発を行い、販売が始まった「高嶺ソース」もロングセラー商品として根強い人気を誇るという。
「ソースをつくり始めた理由は、戦後の混乱期に、短期間で商品になるものを探している中で思い当たったと聞いています。醤油は仕込んでから商品になるまで1年以上かかりますが、ソースはそこまで時間がかかりませんので。また、家庭でコロッケやカレーライスなどの洋食が食べられるようになったことから、洋食に合うソースの需要が高まると考えたことも開発のきっかけでした。」
当時の営業先であった長野県の青果市場で仕入れたリンゴを主原料に、大手メーカーのソースを参考にしながら「とんかつソース」を試作したが、香辛料の配合バランスが難しく、商品化までには相当な苦労があったという。

「現在、ソースは3種類ありますが、香辛料のバランスは全部違います。売上的には全体の5%程度なのですが、『おいしいね。』と言っていただけるんですね。これからもお客さまの喜ぶ顔が見たい。そんな想いでつくり続けています。」
同社の企業理念「受け継がれてきた業と心で物語を造る」は、会社を守るためには経営の指針となる言葉が必要と考え、家族とともに作ったものだという。この一文にある「業」(わざ)とは代々伝わる製造方法とこだわりを意味し、「心」にはお客さまに対する心遣いや感謝の気持ちが込められているのだとか。単純に経営の効率化を考えるならばソースづくりは必須ではないはずだが、「心」を重視する同社にとっては欠かせない商品なのである。
その一方、最近では小売用として現代人の嗜好に合わせたテーブルサイズの醤油やソースなどの商品ラインナップ充実も図っている。さらには、自社で製造した味噌や、醤油を生かしたクッキーや生キャラメル、せんべいの販売も行っている。これらの取り組みは同社の知名度アップとあらたなファンの獲得にも繋がっている。
体験イベントを通じて、醤油のおいしさや文化を伝えていきたい
スーパーマーケットなどへの卸売りを行っていない同社では、地域の飲食店などとの直接取引が全体売上の約70%~80%を占め、残りが工場に隣接した直売所での販売と自社サイトを通じた通信販売となっているという。そのため、いかに工場や直売所まで足を運んでいただけるかを考え、野末氏が始めたのが、工場見学と「醤油搾り・味噌づくり体験」である。
「近年、家庭における醤油の消費量が減っていますし、子供たちも洋食中心の食事が多くて醤油離れが進んでいる中で、日本の食文化のひとつともいえる醤油に興味を持ってもらえたら、という想いから始めたのが工場見学です。見学者は年々増えていて、2023年が約500名、2024年も8月末時点で375名のお客さまにお越しいただいています。」

工場見学に加えて、もっと醤油を知ってもらいたい、楽しんでもらいたいと考えて同時期にスタートしたのが「醤油搾り・味噌づくり体験」である。希望者は県内外のみならず、最近ではインバウンドの観光客グループの申し込みも増加しているという。
「醤油搾り体験は3コース、味噌づくり体験は1コースを用意しているのですが、こちらも年々希望者が増えており、現在では弊社の重要な取り組みのひとつになっています。今後は、ただ醤油や味噌をつくって持ち帰るだけではなくて、その先の体験の充実を検討しているところなんです。例えば、醤油を使ってみたらし団子のタレをつくり、団子を焼いて食べるまでのコースであるとか、つきたてのお餅を焼いて搾りたての醤油をつけて食べるようなコースですね。また、団子を焼くのに使う器具もホットプレートではなく、炭を用いて七輪で焼くなど、かつての日本の生活を擬似体験していただけるようなイベントを検討しています。」

「私には、この明治屋醤油という会社を、醤油のおいしさ、醤油づくりの楽しさ、醤油がある生活を伝える会社にしていきたい、という想いがあります。そして、うちだけではなくて地域の人や地域の商店街も一緒に存続できるようにしていきたいですね。ビジョンは『細く、長く続けること』。そのために何が必要かは、時代に合わせて変化しながらやっていきたいと思っています。」
野末氏の言葉からは、150年続く老舗の味と技術を守り続ける職人の魂と、先祖から受け継いだこの地と醤油づくりの技術にこだわり、企業理念である「受け継がれてきた業と心で物語を造る」を具現化しようとしていることが感じられる。製造の効率化、生産性の向上を図るならば近代的な設備を導入するのが最適な解決策かもしれないが、同社が目指しているのはそこではない。日本を代表する調味料である醤油の魅力を再認識してもらい、醤油が食卓や日々の暮らしを豊かにすることを知ってもらうのが同社の使命なのである。

