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ストーリー

「養殖真鯛」の価値向上を目指し、独自の研究やAIの活用などあらたな取組で業界の常識を覆す

真鯛の養殖生産量全国一を誇る愛媛県において、有数の産地として知られる西予市。この地で「海と共存する」という想いのもと、長きにわたってサステナビリティを意識した環境への取組を続けながら、真鯛とヒラメの養殖業をメインに事業を展開する赤坂水産有限会社。同社は、従来とは異なる無魚粉の餌を飼料として与え、IoTを活用した飼育方法などを行うことにより、栄養豊富で日数が経過してもおいしく食べられるといった高付加価値を持つ真鯛の生産に成功。さまざまな先進的な取組によって養殖真鯛の価値向上に加え、日本の漁業の未来に向けて挑戦する同社の事業と想いについて、取締役であり近い将来3代目として家業を承継する赤坂竜太郎氏に話をうかがった。

常識を覆す養殖方法を駆使して高付加価値を持つ真鯛を生み出した

同社は、地元でシラス漁の名手として名を馳せていた赤坂剛男氏が1953年に創業。以降、5トンの漁船を6隻も有する会社へと成長させていった。しかし、漁のために日々海と向き合う中で、日本の海の変化を感じるようになり、このままでは天然の魚が減っていくことを実感し、1984年にヒラメの養殖を開始する。この時期は日本の漁業の最盛期と呼ばれていた頃だが、海と共に生きてきた男の勘が異変を察知したのだろう。以来、ヒラメ養殖事業は現・代表取締役である2代目の赤坂喜太男氏へと受け継がれていき、陸上養殖への切替、自社の活魚運搬車による直送直売による365日即日納品体制を軸に、飼育数・出荷数ともに愛媛県最大級の養殖事業者となっていった。

また、取引先の要望を受けてスタートした真鯛の養殖事業は、2012年に入社した3代目の赤坂竜太郎氏が牽引。飼料や給餌量、給餌間隔、給餌速度など、さまざまなデータ収集と分析を繰り返すことで革新的な真鯛養殖システムを確立した。その成功の背景には、赤坂氏の異色な経歴が関係している。立命館大学で数学を専攻し、大学院では確率論や統計学を研究。その知識を生かすため卒業後は東京の大手保険会社に就職し、金融市場におけるデータ分析やモデル開発などを行う部署に所属していたという。

「就職を決めるまでは、家業を継ぐべきかどうか悩みましたが、親から『継いでほしい。』と言われたこともなかったので、都会で働くことを決意しました。ただ、時が経つにつれて生まれ育った地元の海が恋しくなったといいますか。また、所属していた部署には優秀な人材がたくさんいましたので、私の代わりはいるわけです。職場と地元のどちらに私のような知識をもった人間が必要だろうかと考えるようにもなりました。といいますのも、地元では人口減少が進んでいましたし、このまま放っておいたら働き口もなくなってしまう。そんな状況にならないように漁業を通じて踏ん張るのも私の人生かなと思い、地元に戻って家業を継ぐことにしたのです。」
入社から3年後、真鯛の養殖事業を任された赤坂氏が着目したのは、養殖費用の約6割を占める飼料代だった。養殖魚の場合、魚粉が主原料となる飼料が用いられるが、真鯛を1キロ大きくするには約4キロものカタクチイワシが必要だという。しかし、この40年間で天然魚の漁獲量が約7割減少していることを考えると、従来の魚粉飼料は持続可能なものとはいえない。なおかつ、魚粉飼料が入手できなければ養殖業の存続すら難しくなってしまう。養殖業界では、魚粉が入っていない飼料では真鯛は育たないといわれていたが、真鯛の雑食性に着目した赤坂氏は飼料メーカーと共同で、数多くの低魚粉飼料の開発に取組んだ。しかし、すぐにうまくいくわけもなく、約2年間におよぶ真鯛の育成期間の中で思うように成長しないケースもあった。それでも諦めることなくデータ収集と分析、試行錯誤を繰り返していた赤坂氏は、独自に算出した環境変数の値によって飼料を使い分けることで低魚粉でも良好な成長効率が得られることを発見する。それは、これまでの養殖業界の定説を覆す発見でもあった。

赤坂氏は、その後もさらに研究と分析を続け、飼料メーカーと相談を重ねながら、白ゴマを用いた独自の飼料の開発に成功する。この飼料で育った真鯛は、白ゴマに含まれる栄養成分であるセサミンを身に蓄えているため高い鮮度とおいしさが持続することから、この飼料で育った真鯛をブランド魚「白寿真鯛」のネーミングで発売開始。多くの取引先や料理人からも高い評価を得たことで、同社の真鯛養殖事業はあらたな一歩を踏み出すことになったのである。

高いポテンシャルを有する真鯛だからこそ、広域で持続可能な養殖が可能

真鯛の養殖について、知れば知るほど真鯛がもつ高いポテンシャルに気づいたと赤坂氏は言う。
「弊社においても営業成績があまりよくない年度があるのですが、その原因の多くはヒラメの生産歩留まり。つまり、養殖のヒラメが大量に死んでしまうことです。ひどい年には1割しか残らないこともあるのです。それに対して真鯛は生命力が強く、コンスタントに9割以上が残ります。なので、今後はこういう魚を養殖するべきじゃないか。それが持続可能性につながるのではないかと私は思っています。」
現状、世界の養殖魚生産量は1984年から40年間で10倍に拡大していることから、世界的に見ると養殖業は成長産業だという。ところが、国土面積の約12倍、世界で6番目に大きいとされる排他的経済水域を有する海洋国家である日本においては、むしろ養殖業は減少を続けている。

「国内の養殖業が抱える課題はいくつかあると思っているのですが、まずひとつには養殖も天然資源に依存していることが挙げられるのではないでしょうか。たとえば、マグロやブリ、カンパチ、ウナギは人気のある魚種ですが、これらの魚は沖にいる稚魚を採ってきて、生簀の中で育てる方法で養殖されています。天然魚が減っていることを考えると、養殖によって魚を増やすのは難しい状況にあると思っています。また、もうひとつ天然資源に依存しているものがあります。それは飼料です。 養殖魚の餌は魚がメインであり、必要とされる量も多い。漁獲量が不安定な状況にある天然魚が主原料の飼料を使っていく難しさもありますし、実際ここ数年で飼料代が高騰していますので、多くの養殖業者が苦労されていると思います。」
さらに赤坂氏は、養殖業が増えない状況、生産量が増えない原因は、多くの魚種は安定的に飼育可能な海域が限定的だからだと指摘する。

「たとえばサーモンやホタテはつくれば売れる人気の魚種ですが、水温が15度以上の環境では飼育できないため北海道以外の地域での養殖は難しい。逆にマグロやブリは水温が15度以下の環境では育成が困難になるため南の地域でしか飼育できないのです。ところが、真鯛は魚へんに『周り』と書く名前の通り、日本周辺で最も見られる数が多い魚と言われています。つまり生存できる海域がものすごく広いので、広域で持続的な養殖が可能な魚が真鯛だと私は思っています。なので、真鯛がより多くの人に愛されるようになれば、日本の多くの漁村を豊かにできるのではないかと思って、私は真鯛の販売にこだわり、注力しています。」

真鯛の価値向上と消費拡大に向け、先進的なプロジェクトに参画

同社では20年以上前から自主的に近海に水質改善剤を散布することで海の生態系を守り、持続可能な養殖業を実現するための取組を実施してきた。それは自社のみならず養殖の価値を高める活動の一環でもあった。その延長戦上の取組として、2022年には西予市内の養殖事業者2社と共に株式会社JABUROを設立。赤坂氏が同社の代表取締役を務めている。
「弊社では昔から市場を中心に直販する営業スタイルをとっていますが、通常の養殖業は商社を通じて委託販売するケースがほとんどです。ところが、コロナ禍は冠婚葬祭が控えられたことで真鯛の需要も減り、一般的な販路での販売が難しい状況となってしまいました。それにより従来の商社に依存する販売形態に疑問を覚えるようになった養殖業者もいるのではないかと想像していました。これからの養殖業は、より先進化および高度化していかなければいけないし、大規模化させていく必要もある。そうしなければ価値のある生産者にはなれない。そんな私の想いを2社の経営者にお話したところ賛同をいただき、株式会社JABUROの設立に至りました。同じ地域の養殖事業者であっても、それぞれ強みが異なりますので、その異なる強みを共通知化して協業することで、未来に向けた養殖を目指していくことを目的としています。」

また、同社では、愛媛県とソフトバンクによる包括連携協定により、養殖業のデジタル化を目的に設立された5社連携のコンソーシアム「品質標準化プロジェクト」にも参画。NIRセンサーという機械で真鯛の鮮度や旨みを数値化することで、世界初となる真鯛の品質規格づくりに取組んでいる。
「日本では魚の新鮮さが重視されがちで、熟成した魚を『おいしい』といいづらい雰囲気があります。でも、『おいしい』の正解は食べてくれる人がもっているものだと思うのです。NIRセンサーで真鯛の身に含まれる水分量や旨味成分を検知して数値化するだけではなく、締めかたや冷凍のタイミングなどによって変わる味や旨味を人間が試食することで検証する。この2つの評価を紐づけて品質規格をつくるイメージです。誤解されやすいでのすが、真鯛をランク付けするのではなく、味や食感の多様化を示すものなのです。それによって、消費者が自分好みの真鯛を選んでいただけるようになるとうれしいと思っています。」
ワインやコーヒーなどの嗜好品のように、消費者が自分の好みの味を求めて購入するように、真鯛も食感や味わいで好みのものを選んでほしい。それが真鯛の価値を高めるとともに、消費拡大へとつながることを目指しているのだという。

国内外で高い評価を得ているブランド鯛「白寿真鯛0(ゼロ)」の可能性

現在、同社の真鯛は西日本を中心とする国内だけではなく、アメリカを中心にカナダ・タイ・インド・シンガポールにも輸出されており、売上の約3割を占めるという。その成長を牽引したのが、魚粉を全く使用せず、植物性タンパク質を原料とした飼料で育てるブランド鯛「白寿真鯛0」である。
「一番の特徴は、無魚粉の飼料で育てたことで身に魚臭さがないことです。時間が経過しても臭くならず、時間が経ったときに出てくる本来の旨味が感じられやすくなっています。たとえばアメリカに輸出する場合、その日に締めた真鯛を空輸で運んだとしてもレストランで料理として提供できるまでに最短でも5日間ぐらいかかってしまいます。そうなると新鮮さを訴求できなくなります。それがこれまで真鯛を海外に輸出できない理由だったのですが、『白寿真鯛0』は熟成しても臭みがなく、さらに旨味が増します。また、アメリカ人にはコリコリとした食感の魚ではなく、マグロやサーモンのような少しねっとりした魚が好まれるので、まさに『白寿真鯛0』は彼らの嗜好に適していたのだと思います。」

また、「白寿真鯛0」がアメリカで受け入れられた理由は、味や食感だけではなく、このブランド鯛の背景にあるサステナビリティストーリーだと赤坂氏はいう。
「弊社には、水産資源を守るために魚粉を使わずに真鯛の養殖を行うことで、究極のサステナブルに挑むことを伝える動画があるのですが、アメリカ人の場合、その動画を見た瞬間に『ワンダフルだ。素晴らしい取組だ。』と商談が決まるケースもあるのです。日本人の場合、動画を見てもらっても『で、味は?』と試食しなければ始まらない。それほど日本とアメリカでは市場性に違いがあり、アメリカでは味以前にサステナビリティが重視されているようなのです。」
なお、白ゴマを配合した無魚粉飼料で育てられている「白寿真鯛0」の身には、活性酸素を除去し、アンチエイジングや生活習慣病の予防に役立つ強い抗酸化作用をもつ栄養素ゴマグリナンが蓄えられているという。このゴマグリナンによる抗酸化力のメリットは栄養面だけにとどまらず、刺身として食べられる期間の延長にも寄与している。自然界には存在しないゴマグリナンを身に含む真鯛は、養殖でしかつくることができない。これも養殖の価値のひとつだと赤坂氏はいう。

「そもそも私は天然の真鯛をベンチマークにしているわけではありません。天然には天然の良さがあり、養殖には養殖の良さがある。それでよいと思っています。ただ、魚の良さを数字で表現するなら、天然物で良い魚とされるのは100点のものだと思うのです。でも、なかなか100点を取れる魚はいませんが、養殖の場合は全て80〜90点にできる。そういう安定性であるとか、『白寿真鯛0』のように狙って効果を付加できるところが、養殖にしかできない良さだと思うのです。」

熟成真鯛の認知向上を目的に「鯛めし紅坂(たいめし あかさか)」で飲食事業に進出

同社の先進的な取組は、無魚粉の飼料の活用や餌やりのタイミングをAIが分析するなどの養殖方法だけにとどまらない。真鯛は身として食べられるのは全体の3割しかないため、活魚のまま出荷すると輸送効率が極めて悪い。そこで同社では、顧客のニーズに合わせ、鮮魚から独自の技術で血抜きを行い、捌いた身をチルドや冷凍の状態で出荷するケースもある。その冷凍技術も試行錯誤のうえで開発されたものである。
このように同社では養殖業だけではなく、加工や物流も自社で担うことで真鯛の価値向上に努めてきた。そんな同社では次なる挑戦として、愛媛県の郷土料理である「鯛めし」専門店「鯛めし紅坂(たいめし あかさか)」を東京・立川市にオープンする。刺身や寿司、塩焼き以外の真鯛の料理を紹介することで、多くの人に真鯛の魅力とおいしさを伝え、愛してもらうことが目的である。
「愛媛の郷土料理が東京でも受け入れられるか不安があったのですが、昨年、東京ビッグサイトで開催されたサステナブル・ライフスタイル・イベント『GOOD LIFEフェア』に出展し、鯛めしが食べられるブースを設置したところ、連日行列ができたのです。その経験から、関東の人にも熟成した鯛めしの味が受け入れられることがわかり、都内に出店を決めました。」

基本メニュー「鯛めし」の他、「お子さま鯛めし」や無料の離乳食も提供するという。また、監修には愛媛県西予市で50年以上の歴史を持ちミシュランガイド愛媛2018特別版ミシュランプレート店に選出された「寿司 和泉屋」が参画。素材にもこだわり、最上の「鯛めし」をリーズナブルな料金で味わうことができる。
「このお店もそうですが、弊社の願いは真鯛の認知向上によって、世代を超えて真鯛を愛してくれる人を増やすことにあります。その結果、日本各地の海で真鯛を生産できるようになり、産地の人々に働きがいのある仕事が生まれ、働くスタッフの所得も向上することで、地域が輝きを取り戻すことが私の目指しているところです。それが弊社のパーパスである『日本の海の価値を証明する』ことにつながっていくのだと思っています。」

急速に進行する地球温暖化。その影響によって日本周辺の海水温が上昇し、海の生態系も変化を見せている。これは漁業関係者だけではなく、私たちの食卓にも大きな影響を及ぼすことになるだろう。すでに天然魚の生産量が大きく減少している中、養殖業の存在は今後ますます重要になるはず。その危機感と強い覚悟を持って、同社は持続可能な漁業の実現に向けて利他の努力を続けている。厳しい道のりであることは想像に難くないが、これまでの常識にとらわれることなく、次々とあらたなことに挑戦し続ける同社の今後に期待したい。