Sony Bank GATE
ストーリー
香川県の中央西部に位置する琴平町は、人口・面積とも県内で2番目に小さな町である。この町から、日本のみならず世界が抱える課題解決に取組んでいる会社がある。その会社こそが、有限会社森清掃社である。1947年の創業以来、県内の下水道が整備されていない地域にある浄化槽の維持管理・清掃業務を主業として、地域の環境保護に貢献している。地域になくてはならない存在ながら、業界全体がいくつもの深刻な課題を抱えているという。同社では、その課題解決のため画期的な最新技術の開発を行っている。持続可能な水インフラの実現に向けて挑戦を続ける想いと、自社で開発した先進的な技術について、同社代表取締役社長の堀家真大氏、3代目として事業を承継する専務取締役の山添勢氏のお二人に話をうかがった。
浄化槽管理業務のイメージを変革し、憧れを持たれるあらたな3K業種を目指す
合併処理浄化槽とは、下水道が整備されていない地域の一般家庭などの生活排水を浄化する汚水処理設備のことで、日本で独自に開発されたものである。公共の下水道を利用しているかたには、あまりなじみのない設備だが、現在でも日本全体で約750万基も設置されているという。また、浄化槽は定期的な保守点検や清掃が法律で義務づけられており、その作業には国家資格である浄化槽管理士が当たらなければならない。ところが、業界全体で浄化槽管理士の人手不足と高齢化が問題になっているという。
「例えば、下水道が巨大な動脈だとしたなら、浄化槽は地域に無数に存在する毛細血管のようなもの。この毛細血管が機能不全に陥ると、地域の美しい海や川はあっという間に汚染されてしまいます。われわれ管理会社・清掃業者は、その血流を守る地域の防衛ラインなのです。ところが、この業界には課題が山積しています。中でも深刻なのが人手不足と高齢化。今、さまざまなブルーカラーの業界が同じ課題に直面していますが、他の業界が危機感を抱くずっと以前から、われわれの業界はその課題と戦ってきた歴史があるのです。」 と専務取締役の山添氏は語る。

現在、約750万基の浄化槽を約4万人の浄化槽管理士が支えているが、高齢化が進んだことで15年後には約半数の1.8万人程度になると想定されている。ただでさえひとりあたりの業務が逼迫している中、浄化槽管理士が半数に減ってしまったなら業界の存続のみならず、日本の浄化槽を守ることができなくなってしまう。結果、汚染された水によって環境が破壊されてしまうことになるという。
「人手不足問題の根底にあるのは、この業界に対する3Kのイメージが大きいと感じています。社会から仕事の価値が正しく理解されていないことが根深い問題だと思うのですが、裏を返せば大きな変革のチャンスでもあります。旧来の3Kはテクノロジーの力で必ず解決できると私は思っています。それにより、『キツい・汚い・危険』の3Kではなく、『感謝され・期待され・かっこいい』と思われるあらたな3Kの業態に変えたいと考えています。そのために必要なのが旧来の経験と勘に頼るような作業から、データと技術に基づくソリューションへと進化させること。その未来に向けて、さまざまな取組を行っています。」

7年前、全くの異業種から、義父である堀家社長が経営する同社に入社した山添専務。次期後継者である彼が、水質汚染のリスクを減少させる最新の技術とバクテリアの自社開発をはじめ、大阪大学発のベンチャー企業である株式会社地球観測などとの共同研究により、浄化槽内の汚泥などを自動測定できる世界初(*)のセンサーの開発、さらには同社にとって新規事業となる浄化槽管理の遠隔監視技術の開発を牽引している。
あくなき探究心と情熱でバクテリアの自社開発に成功
創業から約80年の歴史を持つ同社だが、決して順風満帆な経営を維持してきたわけではないという。同社がメインで事業を展開する香川県中央西部である中讃地区でも下水道の整備が進み、浄化槽自体が減少する時期があったのだ。
「香川県東部はとても降雨量の少ない地域のため、昔から水不足に悩まされてきました。これは先代社長がよくいっていたことですが、下水道は上流の地下水を汲み上げ、各家庭で水を使った後は海に流してしまうから、ただでさえ水が少ない土地から水が奪われてしまうと。しかし、各家庭の浄化槽であれば処理されてきれいになった水を川に返すことができる。各家庭の浄化槽がリサイクルを担っているわけです。一時期、廃業を考えたこともありましたが、きれいな水を守り続けることが私たちの使命だと思い、踏ん張りました。」と語る堀家社長。

その想いを受け継ぎ、将来事業を承継することになった山添専務だが、前職は異業種の営業職ということもあり、浄化槽に関する知識は全くなかったという。
「それまでの働き方に迷いが生まれ、次のキャリアに向けて転職を考えていたときに、義父から事業承継の提案をいただきました。即決というわけではありませんでしたが、最終的に経営者となれば自由な権限を持つ立場になりますので、自分の性に合っていると考えました。また、誇れる仕事をしたい想いもありました。わかりやすくいうと、地域の水をきれいにするために仕事をしている。水をきれいにして、次の世代にわたすために仕事をしていると言えるのは単純にかっこいいなと思い、継ぐことを決意しました。」

入社後は通常業務を行いながら、浄化槽や浄水に用いるバクテリアに関する論文を日々読み漁って知識を吸収していったという。それは同世代の後継者に遅れをとっている焦りからだけではなく、山添専務の探究心が原動力となっていた。それがバクテリアの自社開発につながったのである。
「浄化槽はバクテリアの培養装置ともいえます。バクテリアが働く環境を整えることも大切ですが、どんなバクテリアを働かせるかが最も大事なのではないかと考えました。入社から2年目ぐらいのことですが、入手可能な限りの菌を収集して培養し、それを自作の実験装置内で汚物の分解速度を比較したのです。それを繰り返した結果、驚異的な早さで汚泥を分解できる特定のバクテリア属に存在する菌を発見できました。さらに、そのバクテリアに独自の処置を施すことで、その能力を高めることにも成功したのです。」
日本の浄化槽は、汚れた生活排水を魚が泳ぎ回れるほどきれいな水に変える処理能力を有しているが、同社が開発したバクテリアはそれを上回る能力を持っている。浄化槽本来の能力をさらに高め、性能を最大限に引き出すバクテリアなのだという。
世界初となる自動測定センサーを駆使し、浄化槽の遠隔監視システムの開発に挑む
現在、同社が新規事業として取組んでいるのが、浄化槽の汚物量を自動測定するセンサーを中核技術とした遠隔監視システムの開発である。このシステムが実現すれば、業界が抱える課題解決だけではなく、世界の水インフラ問題を解決するソリューションになり得ると山添専務は力説する。
「センサーに関しては、大阪大学発のスタートアップである株式会社地球観測との共同研究で開発に成功し、世界初(*)のセンサーとして特許も取得しました。ただ、そこに至るまでが大変でした。まず、浄化槽の遠隔監視を開発することが、業界が抱える深刻な人手不足問題や働き方改革だけではなく、近い将来起きると考えられている国内の水インフラ問題の解決法であると結論づけました。しかし、遠隔監視を行うには連続使用できるセンサーが存在しないという大きな壁にぶち当たってしまったのです。そこからは、あらゆる人伝を頼って助けを求め、たどり着いたのが株式会社地球観測でした。結果として、無数の失敗と試作を繰り返し、4年がかりで世界初(*)のセンサーの開発に成功しました。」

汚物が貯まった浄化槽内の過酷な環境下で連続測定可能なセンサーを開発するのは至難の業。そのため業界の内外からネガティブな声を受けることも多く、精神的に追い詰められることもあったという。
「でも、義父だけは私の無謀な挑戦を許し、応援してくれた理解者でした。それが私の心の支えになり、苦しい時期を乗り越えることができました。」
このセンサーを活用した浄化槽遠隔監視システムが実現すれば、すべての浄化槽を巡回する点検から、対応が必要な浄化槽だけを特定して現場に向かう常時点検へと移行させることができる。それにより浄化槽管理士の現場負担は20分の1ぐらいまで減らせるという。そうなれば15年後に浄化槽管理士の人数が半分以下になったとしても、今以上の水質を守り抜くことが可能になる。浄化槽遠隔監視システムは、まさに国内の水インフラを守るための革新的なソリューションであり、現在は小規模での実証実験に取組んでいる。今後は、大規模な実証実験に取組み、エビデンスデータを収集していく予定だという。

かつてのように世界中の川を子どもの遊び場として取り戻したい
現状、同社では遠隔監視システムの実現に取組んでいるが、その先に薬液やバルブの調整なども行う遠隔管理の実現、さらには浄化槽の自動管理システムの構築を目指しているという。
「今後30年間で、老朽化した下水道の維持や更新に必要な費用は38兆円と算出されています。これは地方自治体の財政を蝕む時限爆弾になっていると私は考えています。財政的に下水道の更新に耐えられないからと、すでに複数の自治体が下水道から浄化槽への転換を行っています。しかし、浄化槽に転換しても、それを管理する人間がいない。その問題を解決できるのが私たちの遠隔監視システムであり、地方の財政を救う現実的な一手になるのではないかと考えています。」

また、日本が誇る世界最高水準の排水処理装置である浄化槽と同社の遠隔監視システムは新興国をはじめ世界中の水環境の問題を一変させるだけの力があると山添氏はいう。
「かつて、ODAによって日本の浄化槽を新興国に無償供与してきた歴史があるのですが、その多くが失敗しました。なぜなら、日本の浄化槽は浄化槽管理士が点検、メンテナンスすることで高性能を担保することができるのですが、現地に浄化槽の管理という意識が根付かなかったためです。しかし、遠隔監視システムによって管理の集約化が可能になれば、日本にいながらリアルタイムで監視することが可能になります。もともとは国内の人手不足問題を解決するために生み出した技術ではありますが、そのまま世界のインフラ不足やインフラの管理不足を解決する最強のソリューションになり得ると考えています。」
何の知識もないところからバクテリアを自社開発したり、試行錯誤を繰り返しながら共同研究者を得て世界初(*)のセンサーを開発するなど、山添専務の行動力には目を見張るものがある。堀家社長も山添専務を「熱い思いを持った人物」と評しているが、そんな彼の行動原理は私利私欲にあるのではない。
「私は四国で育ちましたから、子どもの頃は当たり前のように川に飛び込んで鮎をとるなどして楽しんでいました。今でも色褪せることのない楽しい記憶として残っています。子どもにとって自然と触れ合うことは感性や感受性を磨くことになりますし、知的探究心を育む場でもあると思うのです。ところが水環境が変わり、生態系が変わり、今の川は遊び場ではなくなってしまいました。それは私たち大人のせいだと思うのです。だから、浄化槽という日本の技術、弊社の技術や活動を通じて、遊びのフィールドとしての川や環境を取り戻してあげたい。それが自分の子どもの世代なのか、またその次の世代になるかはわかりませんが、あきらめることなく行動していきたいと思っています。」
山添専務は、遠隔監視システムのビジネスプランを掲げて第4回アトツギ甲子園(経済産業省中小企業庁主催、2024年)に挑戦し、優秀賞を受賞した。プレゼンで熱い想いを披露し、対外的に大きく評価された瞬間である。
浄化槽の遠隔監視システムの社会実装までには、まだまだ多くの壁もあり時間も要することだろう。しかし、山添専務の情熱と行動力が周囲の人たちの共鳴を呼び、大きな波になるのではないだろうか。その日が1日も早く訪れることに期待したい。
(*)本ページの世界初について:「汚損防止のための水中退避・重力落下機構を採用した、浄化槽用自律型汚泥界面検出装置として世界初」(注釈:2025年11月 有限会社森清掃社調べ。世界の主要な排水処理計測機器メーカーの公開製品情報を調査。)
